作業療法士・藤原茂さんと「夢のみずうみ村」が稲城に欲しい!

2010年1月25日 21時28分 | カテゴリー: 活動報告

 昨年の11月、NHKプロフェッショナル仕事の流儀で紹介された藤原茂さんは脳卒中などで損なった言葉や体のリハビリの専門家だ。もう1年前になるが昨年の2月、山口県に彼が立ち上げた「夢のみずうみ村山口デイサービスセンター」を朝の9時からまる一日見学後、藤原茂さんに話を伺った。
「これがデイサービス?! デイサービスってこういうリハビリする場所だったんだ!」目から鱗が剥がれ落ち、認識が変わっていく自分を感じていた。夢中になって写真を撮りながら、一人で来てしまったことを後悔した。

■人の心を揺さぶり、奮い起す力を持った人 
 ここは脳卒中などで手足の片マヒや言語障がいの方が多い。人生の途中で障がいを持つことになった人達だ。突然、病気になったり障がいを持った時、誰もが辛い、苦しい、いっそ死にたいという気持ちになるだろう。また退職や高齢になって引きこもった人。そんな生きる意欲をなくしてしまった人達の心を動かす技(力)を持っている人、それが藤原茂さんだ。「心が動けば身体も動く」作業療法士は身体に触れずに、身体も心も動かすのが仕事。今持っている能力を上手に利用しながら、生活を楽しむ方法を一緒に考えてくれる。ここでは介護予防リハビリテーション施設として単なる機能訓練ではなく、障がいを抱えても生きがいをもってその人らしく暮らし、生活を楽しむためにリハビリをするのだ。運営の在り方が全てそこに徹底されている。昼食バイキングをはじめとして、片マヒの料理教室や爪切り、洗濯リハビリなど家庭で役に立つメニューは「宅配リハビリテーション」と呼んでいる。家庭生活を活発にする要素がいっぱい組込まれている。
 「水先案内人」が2時間、施設を案内してくれた。利用者でもあるが言語障がいのリハビリのために、ボランティアとして見学者への説明を担当する。これも藤原流の仕掛けの一つ。その人の持っている可能性を引き出し、達成感を味わうことでリハビリは大きく前進するのだ。

■“男性が通いたくなるデイサービス”って?
 定年後、地域活動に活躍中の男性から「もっと男が通いたくなるような楽しいデイサービスを作っておいてほしい、今のままでは、ちょっと・・・」というお話があった。そして辿り着いたのが「また行ってみたくなる通所サービス」と評されている「夢のみずうみ村」だ。毎日100人以上の利用者が通う大型通所介護施設。半数以上が男性だという。100近いリハビリメニューがあることだけでも驚きだが、一日の予定は朝「自己選択、自己決定」活動場所への移動が既にリハビリ。昼食はバイキング形式。施設内の活動や行動が施設内通貨(ユーメ)の稼ぎや支払いにつながっている。お財布の管理は生きる意欲を保つために重要だ。午後3時、「お台場(ホール)」で「カジノ」が始まる。それぞれ思い思いのテーブルを囲んで花札、トランプ、ルーレット、パチンコ、ダーツ、輪投げなど、まるで遊戯場さながらに歓声やため息が響いてくる。ユーメ稼ぎに心が湧き立つ瞬間だ。
まさに藤原さんが言う「心が動けば身体も動く」を目の当たりにすることができるのだ。
ここでの様々な実践が要介護度の改善・維持の実績をあげているのも納得できる!
「人生の現役養成道場」という看板も男性の気持ちを喚起させているようだ。

■意図的にバリアありー環境
 ここは街かど。だから手すりもない。ここでの訓練で安心して街へ出かけることができるようになるという。少し坂になったり、斜めになった長い廊下に並べられたタンスやソファ、ホールのテーブルや椅子もつたい歩きの道具になる。リハビリ意欲をそそるユニークな仕掛けを探し歩くだけでも実に面白い。職員はそばで見守り、特に誘導や指示はしない。昼食タイムや「お帰りの時間ですよー」の声掛けもない。貼りだされた車を自分で確認して乗り込むのだ。

■「片手料理教室」の師範代 臼田喜久江さん 
 師範代 臼田喜久江さんは、脳卒中で左片マヒになるまでは、ごく普通のお料理好きの主婦。当初の「死にたい」という思いから、今では本も出版し、3本釘を打ったまな板を使った片手料理教室の講師として充実した日々を送っているという。「私にできないことは、自分の右手を左手で掻くことだけ。他にできないことは何もありません。新しい今の人生はとっても素敵!」と笑顔で語ってくれた。彼女の生き方こそが、「夢のみずうみ村」が目指す姿のように感じた。

■藤原茂さんの夢って・・・
 翌日は漁協跡に建てたという防府デイサービスセンターへ。ここには何とクルーザーまであって、釣りやクルージングのメニューを選ぶこともできる。施設の至る所に「利用者がやりたいということは、何とかして叶えてやりたい!」という熱い思いを感じる。このことはきっと利用者が一番感じているはずだ。たとえ障がいを抱えたままでも、一人でも多くの利用者が“生きがい・夢”を持って生活できるようになること。それがきっと彼自身の“生きがい・夢”なのだろう。